ガラスの棺 第16話 |
ガラスの棺の中を覗き込むと、18歳で時を止めた麗人が静かに横たわっていた。眠っているようにしか見えない姿に、死んだなんて嘘だったのでは?と思ってしまう。 棺の中は催眠剤で満たされているから眠っているだけで、この蓋を開ければ目を覚ますのではないだろうか?そんな考えに支配され、この蓋を開けたいという衝動が指に走るが、すぐにこの手はルルーシュの命を断ったあの日の感触を思い出し、衝動はすぐに収まった。静かに息を吐いてからもう一度彼の顔を見つめる。 ルルーシュの顔は先日と変わらず穏やかな笑みを浮かべているように見えた。 「ただいま、ルルーシュ」 自分でも驚くほど、穏やかで優しい声をかけた。 当然、返る言葉など無い。 棺という言葉の通り、横たわる麗人は死者なのだから。 それが寂しいと思うが、今までこの姿を見る事さえ叶わなかったのだから、たとえ死体でも、こうして接する事が出来るだけあの時よりも幸せだろう。 欲を言うならこの蓋を開けて直に触れたいが、この機械がルルーシュを維持している以上それは叶わない。機械が停止し、この状態が維持できなくなればもう二度と会うことが出来なくなってしまう。 死んだのだ、もう会えないのだと解っていたのに、再びその姿を目の当たりにし、ああ、自分は寂しかったんだ、ルルーシュに会いたかったのだと気付かされた。 他愛のない話をし、笑いあい、時には喧嘩もし、憎しみ合い、離れ離れになったとしても、彼の生を感じながら共に生きたかったのだ。 大切なものは、失ってから初めて気づく。 それがどれほど自分の心の中を大きく占めていたのかを。 もし叶うのであればゼロレクのシナリオを変更し、ルルーシュが生きている未来を、共に生きる未来を進みたかった。 あの時、その道を進む事は可能だったはずだ。 だが、それをさせなかったのは自分がユーフェミアの仇討ちとルルーシュの死を望んでいたから。そしてそれをルルーシュが知っていたから。 ユーフェミアは確かに自分の主で守るべき人だった。 彼女の仇を討ちたいと、そのためにもゼロを討ち取ると、そう考えていた。 だが、そのゼロがルルーシュだと確定した時、彼に裏切られたのだ。いや、ずっと裏切られていたのだという思いが心を締め付けた。 裏切られた、彼に。 ユーフェミアは彼にとって腹違いとはいえ妹なのに、ナナリーのように護らず、自分の願いを叶えるための捨て駒に、道具にした。 ルルーシュはそんな人間だったんだ。 自分とナナリー以外は道具としてしか見ていないのだ。 --僕の事も、彼にとっては道具なんだ。 裏切られた、信じていたのにユーフェミアを殺した。 彼女は僕の主だったのに。 彼女を操り殺したと言う事は、僕の事などどうでもよかったんだ。 彼にとっては、僕はその程度の存在だったのだ。 僕を裏切って、僕の人生を壊す事さえ彼は厭わないのだ。 僕に恨まれる事さえ、何とも思っていないのだ。 自分を不要だと切って捨てた彼に対する憎しみと悲しみに気づくことなく、日々肥大化する憎しみはユーフェミアを彼が殺したかせいだと思いこんでいた。 隠れていた感情に気がついたのはいつだっただろうか。 だが、その時にはもうルルーシュはこの世にいなかった。 戻って来てからずっとルルーシュを見つめているスザクに、ロイドは缶コーヒーを手渡した。笑いながらコーヒーを差し出すロイドに、ああ、そうだここには自分たち以外にも人がいたのだと思いだす。 「何だか僕たち、ネクロフィリアみたいだよねぇ」 缶コーヒーを傾けながら、ロイドは眠るルルーシュを優しい眼差しで見つめていた。 死者を愛で、死者を守る。 死者のために動き、死者のために生きる。 今を生きる自分の生活全てを捨て去って。 「別にかまいませんよ僕は。その死体がルルーシュなら」 棺に寄り掛かるように座ったスザクは、さらりと答え、僕も構わないけどねぇと、ロイドが答えた。ルルーシュにたとえ一時的にでも与した科学者という事で、KMFの開発には手を出せなくなってしまった。今スザクが騎乗するKMFは外側を蜃気楼に似せたランスロット・アルビオン。 黒の騎士団所属の機体だから、整備はラクシャータが行っている。 「で、シュナイゼルがアヴァロンを作ってたって?」 「はい、本当はすぐにでもアヴァロンにルルーシュを、という話もあったんですが、もう少し様子を見た方がいいかと」 いくら高性能ステルスでも、学園に降りルルーシュを乗せる時にはステルスは解除される。戦艦が東京の上空に突如現れれば、騒ぎが起きないはずがない。 各国がどう動くか見定めてから動く方がいいだろう。 そう結論付けて、騎士だけ先に戻ってきたのだ。 「旧アヴァロンはどうしたんだろうねぇ」 「緊急時に動かせるよう整備はしているそうですが・・・」 ダモクレス戦で大破したアヴァロンは回収後修理され、つい最近まで現役で使用されていた。 「どうせなら、壊してきてくれた方がいいんだけどね」 アヴァロンは当時の最先端の技術を集めて作られた最高性能の旗艦だ。 今の時代でも遜色ない性能だからこそ、あちらの手に渡ったら厄介だと言える。 「ま、その辺シュナイゼルなら抜かりなくやるかな」 自分以外が起動したらウイルスで駄目になるとか、遠隔操作が出来るようになっていて、戦闘中に主導権を奪い取るとか。 僕が心配する必要はないよね~。と、ロイドはモニター前まで移動した。 「ロイドさん、C.C.と連絡は取れましたか?」 「全然駄目。いろいろ調べてるんだけど、表に出るような記録に彼女の痕跡は今のところ見つかってないかな。ハッキングとかは僕たちの専門外だからね。陛下がいればすぐに見つけられたかもしれないけど。ね、ニーナくん」 少なくても、彼女用の偽造パスポートはブリタニアで使われたのが最後。 彼女の偽名で調べても、見つかるのは真っ赤な他人だけ。 モニターの前に座るニーナも頷き同意した。 三人が手をつくして得られた情報はたったこれだけなのだ。 「あ、でもねスザク君。C.C.の事は超合衆国とブリタニアは無関係みたいなの。だから可能性があるとすれば・・・」 そこで言葉を止めたニーナが考えていたのは先日墓を暴いた者の事だ。 悪逆皇帝を神聖化した者たち。 解っているなら探りを入れればいいと思うのだが、実はこの手の者たちは1つのグループだけでは無く複数存在していた。 そのうちのどれかは解らないし、表立っていないグループかもしれない。 ルルーシュの傍にゼロの愛人と呼ばれた新緑の髪の美しい少女がいた事は、噂レベルではあるが知られていた。緘口令を引いていたわけではないから、皇帝の傍にいた彼女の話しをした者がいるのだ。 幸いというべきか、ナナリーとカグヤ、そして扇はC.C.の話題に触れたくないらしく、彼女の存在について何かしらの話題が出ると彼女の存在を否定した。だからあくまでも噂レベルで新緑の髪をもつ寵愛を受けた妃がいた事になっていが、それだけで彼女を見つけられるかといえば、否。 やはり関係者が絡んでいると見る方が現実的だろう。 「それとね、この棺。シュナイゼルかC.C.が絡んでいる可能性は無いと思うよ」 ロイドは解析画面を見つめながら言った。 シュナイゼルの使う技術の大半はロイドの手によるものだ。 ロイドにとって未知の存在である装置に関わっている可能性は低い。 C.C.の技術は解らないが、彼女一人できる問題ではない以上協力者が必要だが、彼女がルルーシュ関連でゼロレクイエム関係者以外に協力を、というのも考えずらい。 では、誰か。 「まあ、考えて解らない以上、今は陛下の御身を優先するだけだけど」 誰が入れたかよりも、この環境をどう維持できるか。 破損した場合、自分たちだけで修理は可能なのか。 棺を開いたらどうなるのか。 そちらの方が問題だ。 「宜しくお願いします」 この手の事にスザクは介入できない。 だから科学者三人に、深々と頭を下げた。 テレビ画面には、緊急ニュースが流れていた。 当然だろう、あのゼロの中身が悪逆皇帝唯一の騎士、ナイトオブゼロの枢木スザクだと権力者たちが口にしたのだ。緘口令など考えてすらいない彼らの言葉が外に漏れないはずはなく、どのチャンネルもそれで持ちきりだった。 その中でも一番視聴率を稼いでいたのは、金髪の美女が熱弁をふるうチャンネルだった。その女性はまだ日本がエリア11と呼ばれ、東京がトウキョウ租界と呼ばれていた頃、フレイヤが落とされた現場での報道を一手に引き受けていた人物で、持ち前の明るさから多くのファンを作っているアナウンサーだった。 それだけでは無く、彼女はこのアッシュフォード学園で枢木スザクと共に生徒会に所属していたため、余計に彼女の元に視線は集中していた。 『もし、現在のゼロが死亡したとされているナイトオブゼロ枢木スザクだと確定した場合、彼の墓には誰も埋まっていない事になります』 だが、もし死んでいるならその棺に彼の遺体があるはずです。 ミレイ・アッシュフォードの一言で、スザクの墓は掘り起こされることとなった。掘り起こすのはこちらの手の者だから、最近掘り起こされた事は気づかれない。何時か誰かに暴かれる危険性があるのであれば、先にこちらから暴いてしまえばいい。そう考えたのだ。 当然掘り起こされた棺は空。 それはスザクがゼロだと言う事を裏付けるものとなった。 『私の知る限り枢木スザクはゼロを恨んでいました。ユーフェミア様の仇であるゼロを。では、彼はどのような経緯で仇敵であるゼロになったのでしょうか?彼がゼロを引き継いだのだとすれば、先代のゼロはなぜ後継者に敵であった枢木スザクを選んだのでしょうか?』 ミレイはその疑問を世界に投げかけた。 仇であるゼロと手を組み、その後継者となった。 それはなぜ?どうして?何があった? 今世紀最大の謎だと、大々的に取り上げられるのはあっという間だった。 そんな中人々の関心が先代ゼロに向いた事に焦る者たちがいた。 それは知られてはならない事。 ルルーシュがゼロであると知られれば・・・。 その二人が目指したものは何か、願ったものは何かに気づき、ゼロがルルーシュとして表に出た意味、その結果に気づく者が出るかもしれない。 それは黒の騎士団の裏切りが、フレイヤの罪が再び暴かれることに繋がる。 そちらから目を逸らさなくては。 全ての悪は、悪逆皇帝が背負うべきものだから。 世界の注目を悪逆皇帝に向けなければ。 こうして、王家の墓は再び暴かれた。 (つд⊂)ゴシゴシ (;゚д゚)・・・うわぁ だんだん皆が死体好きな変態にしか見えなくなってきた・・・。 気のせいだよね、うん。 |